いなか伝承社(地域活性化支援)のブログ

和歌山県内各所の農山漁村のファンを作り、土地も含めた「慣習や風俗、信仰、伝説、技術や知識」の次世代への伝承を目的とする団体のブログです。  https://tsuku2.jp/inakadss 

【まにあっく高知2】

 

旅先で片寄った視点と個人的興味で惹かれたものをご紹介。

2回目は「バタークリームケーキ」

今の時代ケーキと言えば生クリームの乗ったケーキですが、昭和のケーキといえば、バタークリームケーキでした。

(以下、ネット上のコピペ)
 クリスマスにケーキを食べる習慣が広まったのは、終戦からようやく徐々に世の中が落ち着き、乳製品や砂糖の価格統制が解かれた1950年ごろからだと言われる。進駐軍の影響で、クリスマス文化が浸透したことに加えて、「ギブミーチョコレート」ではないが、日本人が甘いモノに飢えていた時代だった。

 そんなムードを敏感に察知した不二家は1952年、クリスマスセールを開始。洋菓子店の軒先などでサンタクロース姿の店員がケーキを売りさばいたのである。

 が、ここで売られていたのは「苺と生クリームがのっかったデコレーションケーキ」ではない。バタークリームのケーキだった。

 なぜかというと、当時はケーキといえば、常温でも日持ちするバタークリームを使うのがお約束だったからだ。

ただ、バタークリームには、「重くて、くどくて、おいしくない」と、悪いイメージを持たれた時期があった。とくに軽くふんわりした生クリームやムースのケーキが主流になってからは、「古臭い」とみなされるようになっていた。

 これには、わかりやすい理由があり、
昔は、バターの品質があまりよくなかったことがひとつ。
ふたつめは、価格をおさえるために植物性のショートニングやマーガリンを混ぜて作っていたこと。

 理由の三つめは、家庭での保存が悪かったこと。
かりに本物のバターを使っていたとしても、バタークリームは酸化が早く、外からの匂いを吸着しやすいのが特徴。それなのに、何日も冷蔵庫に入れていたり、逆に室温で長く置いておいたりと、劣化した状態で食べることが多かったのだ。
(コピペ終わり)

そのため、ソフトクリームのブームといった生クリーム文化の浸透と共に作られることの無くなっていったバタークリームケーキ。

バタークリームケーキの存在に気づいて意識して食べてみたいと思っていても、ほとんど目にすることが無くなり、かといってバタークリームケーキを復刻させているお店まで行くのもなぁと思っていたら、旅先でたまたま見つけました。

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昭和感あふれるデコレーションと、もったりしたバタークリームの味。
高級感は無いのだけれど、しあわせ~😋

#高知県 #安田町 #食べたかってん #ローカル #昭和 #スイーツ #バタークリームケーキ

#ちゃんと地域資源調査もしてます