2026年(令和8年)に放送予定のNHK大河ドラマの主人公は、豊臣秀吉を支えた弟の豊臣秀長なのは皆さまご存じの通り。
その大河ドラマの舞台のメインは奈良県大和郡山市で、和歌山県民の筆者としては豊臣秀長の築城した和歌山城くらいがゆかりのある地で出てくるのかなと勝手に思っていましたが、なんと私の住んでいる和歌山県高野町の山奥も実は非常にゆかりのある?謎のある?土地でした。
現在、豊臣秀長の死の定説は、天正19年1月22日(1591年2月15日)、大和郡山城にて病死(享年52)となっていますが、筆者の地元に残る記録を探ってみると、
①『高野春秋編年輯録』の中の記録
※江戸時代中期に編纂された、高野山の歴史をまとめた非常に有名な史書
豊臣家は高野山にとって最大のパトロンであったが、一方、高野山がそれまで保持してきた伝統的特権の剥奪者でもあり、山内の豊臣家に対する感情には二律背反的なものがあった。特に、高野山領に検地を実施した秀長への否定感情は強く、彼の死は高野山領の富貴庄で蜂に刺されたのが原因で、それは法罰であると信ぜられた。( 『高野春秋編年輯録』巻第十二)
②高野口町誌 上巻(1968年発刊。高野口町は合併して現在橋本市に属する)
天正19年1月29日、秀長は富貴村において狩猟中、毒蜂に刺されて急死した。
と書かれています。
これら2冊の書物に出てくる富貴という場所は当時高野山領の荘園(現在は高野町)であり、高野山の自分の領地内での記録としてそれなりに正しい情報が入ってきていたでしょうし、さらには非常に著名で存在が十分認識されていた豊臣秀長が自領で亡くなった記録をわざわざ捏造することもないと思うので、現在世間で認知されている定説と高野山の記録のこの違い、地元民としても非常に気になるところです。
有名人の秀長が自分の領地外の田舎で何かあったら、しかも亡くなるようなことがあったら、人の口に戸は立てられないのであっさり情報が広まってしまうと思うんですよねぇ。
研究者の方の見解を聞きたいなぁ。
※写真は現在の富貴です。
